有機農協のネットショップ有機市場・旬の有機野菜を全国へお届け。 北海道有機市場

ヒューマンネイチャー(土屋 真吾)・安平町

有機圃場面積:200a 認定機関・認定番号:北農会・第201902号-01
さつまいも、ほうれん草、南瓜、コリンキー、なす、いんげん

みらいすくすく通信第463号・464号で紹介(2020.8)

~ MAN IN THE MIRROR(鏡の中の男)~
 2013 年の中村さん、2016 年の新戸部さんの独立に続き、2019 年に独立したのが土屋真吾さん。2019 年といえばつい昨年の話。しかも2016 年の9 月まで会社員で、翌4 月に研修入りしたのですからまさにスピード就農です。それでも、1 年目から安定して野菜が出荷されたため、有機農協職員の間ではこれはすごい!と話題になっていました。
 土屋さんは千葉県生まれ。高校、大学と関東で過ごし、就職氷河期世代でありながら商社系の会社へと進むことができました。1 年目は名古屋、その後東京に戻り7 年、そして札幌へと異動に。転勤こそありましたが、好きなジャンルの技術職の畑で活躍することができ、私生活でも東京時代に結婚、その後二人の子どもが授かり順風な日々を送っていました。それが2008 年リーマンショック以降、会社の業績が下降し始め、生活が一変します。会社からの要望、要求はどんどん大きくなっていき、それでも土屋さんは会社のため、もちろん生活のためにと、献身します。男として職を失うわけにはいかないという自分の中での不文律もありました。早朝に出社し深夜に帰宅してまた早朝出社、そんな日々が続きました。周りの声に沿った役割を演じ、自己を押し殺していくうちに、見る者の世界から、見られる者の世界へ、それはまるで鏡の中へと、自分が消滅していくのを感じていました。
 そんな中、土屋さんの癒しのひとときとなっていたのは、札幌の社宅の一角に僅かに残されていたスペースでの家庭菜園です。最初は有機とは何かもわからずにいましたが、家族で食べるなら有機栽培だろうと、肥料も自分なりに作り始めました。土屋さんは4 歳の頃からバイオリンを習い始め、演奏やオーケストラ鑑賞が趣味。ベートーベンやグリーグ、チャイコフスキーらの曲を聴きながらの農作業は当時の心労をだいぶリフレッシュしてくれたそうです。札幌で家庭菜園を楽しむ音楽仲間から固定 種(農家や地域が代々受け継いできた品種)についても教わり、そこから人間の都合で変えてきたものの不自然さや、食べものを育てる自然の「土」の大切さを痛感しました。また、家族の美味しいという言葉が喜びとなり、有機野菜へとのめり込んでいきました。
 そんなある日。会社の中堅社員が集められた会議の中で、退社勧告がなされます。絶望、失望、恐怖、そういったものを超えた空虚。土屋さんは、完全に鏡の世界に落ち込んでしまいました。鏡の中から、土屋さんは奥様へ声を絞り出します「会社を辞めようと思う。」すると土屋さんの苦悩を傍で見ていた奥様は「農業の道もあるじゃない?」こう言って鏡の中から土屋さんの手を引き上げたのです。

~ HUMAN NATURE(人間の本質)~
 2016 年9 月、20 年近く勤めていた会社を退職した土屋さん。突然であったため転職の準備をしているはずもなく、ここでイチから農家への道を探り始めました。翌年が子どもたちの学校が切り替わるタイミングでもあったため、そうそうゆっくりもできません。有機農業の機関を回り、札幌近郊で研修先を模索しました。といっても当初は研修が必要なことすら知りません。いくつか候補がありましたが、「研修はするが独立は自分次第」などと、あまり歯切れのいい応えはありませんでした。
そんな中、「研修を受け入れるからには、就農まで責任を持つ」と言い切った農家がひとりだけいました。それが小路組合長。土屋さんの思いはこの出会いで固まりました。その後安平を家族で訪れ、正式に申込みをし、12 月には受け入れが決定。2017 年4 月、晴れて安平での有機農業研修がスタートします。年齢的にこの年が就農補助金の支給されるラストイヤーでした。何かに導かれるようにトントン拍子に事が進んでいきました。
 研修は先の二人同様、初年度が無何有の郷農園の補佐、2 年目はいくつか畑を借りての並行作業です。先の二人同様、とんでもなくキツかったでしょう?と訊くと「体は確かに大変でしたが(笑)、心は喜んでいました。嗚呼、オレは今生きている!そんな感じ」。
 独立にあたり、農場名はHUMANNATURE(人間の本質)に。HUMAN の語源はHU「土の」上のMAN「知性」。自分の名前に「土」があり、人間の本質として、土を離れては生きてはいけないという、辛い時期に学んだ大切な教えとして、ネーミングに込めました。主な作物はホウレンソウ、ナス、インゲン、コリンキー、カボチャ、そしてサツマイモ。「ホウレンソウは岩見沢の林さん、ナスは白石さんが教えてくれました。こういうのは有機農協のネットワークの強みだと思いますし、新規就農する者にとっては作ることに専心できるので農協は本当に大きな存在です。防除については安平の俣野さん、ハウスの建て方は新戸部さんなど、同じ地域で気軽に聞ける人たちがいるのも心強い限り。そしてみんな研修後は仲間として接してくれる。それがホントにありがたい」。作付けは、そんな有機農協に恩義があるからと、農協として足りないという野菜を選択し、それ以外にひとつだけ故郷、千葉の名産品であるサツマイモを選びました。昨年も人気を博したベニハルカとシルクスイート、二年目の味に期待が膨らみます。
「自己の生の奪還」
私たちの生活を形づくり、当たり前のように存在してさまざまな恩恵を享受させてくれた資本主義の時代も、長い人類の歴史の中ではほんの数百年の話。これからは価値観も、働き方も、生活スタイルも、これまでとは全く違う環境が訪れるかもしれません。ただどんな境遇にあったとしても、「生きる」という主体的な一歩もまたHUMAN NATURE(人間の本質)のひとつであり、私たちの中心にある遺伝子なのだ、そう教えてもらいました。ベートーベンの「田園」が流れる安平の一角、土屋さんの目の前には、鏡の世界ではなく、自らの目で見る、今の現実、鮮やかな世界が広がっています。
<新規就農物語 完>

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