みらいすくすく通信第470号で紹介(2020.10)
ニンジン育成の要は雑草取り。初期生育が非常に遅いため、雑草取りを怠ると、ニンジンの生育が止まってしまいます。慣行農業ではここで除草剤が欠かせません。すると特有の雑味が生まれ、有機との間に決定的な味の違いが生じるのです。
タクムガーデンでも6 月に種を撒いてから10 月の収穫まで、カルチ(トラクターなどの後方につける株間除草機具)がおよそ20 回、主要な時期の1 カ月は人手による除草を10 人で毎日、とまさに雑草との戦いとのこと。「発芽のタイミングで雑草がないとその後作業がはかどるので、発芽直前の除草をとても重要視してます。バーナーで雑草を焼いていた時もあった。すると、昔、魚貝系の有機肥料を使ってた時には、故郷の浜の香りがして…あ、話が逸れたね」
佐々木さんは明るく、声が大きく高く、とにかくエネルギッシュ。有機農協では長年理事を務め、宴会などでも盛り上げ役です。岩手県宮古市出身。中学ではバンド活動、大学入学前には自転車で日本一周。その時黒岳で出会ったオール日大の山岳部に憧れ(日大はさまざまな学部があるためその垣根を越えた部活動をオール日大と呼んでいます)、また、この時点ですでに新規で就農することを決め、農獣医学部に入学、もちろん山岳部に入部。2 年間山漬けの日々を過ごした後、農業のことをはたと思いだし、3 年目から全国農業修業へ。北は十勝の酪農から南は西表(いりおもて)のキビ農家、長野や群馬嬬恋と働き渡ります。卒業後は、日本だけでは飽き足らず農業研修生派米事業という制度を活用してアメリカへ。西海岸ワシントン州で語学研修と農業研修を2 年間。いろんな野菜を作っては、タコマからシアトルへ運搬といった経験をしたそうです。さらにさらに今度は青年海外協力隊で2 年スリランカへ。ジャガイモを中心に栽培し、もちろんカレーが絶品だったといいます。そしてここで奥様、珠恵さんと出会います。本人曰く、当時は就農のための研修制度などは整っていなかったため、実績を作らなければと考えていました。新規就農のための協力隊での実績作りであり、その応募のための派米事業参加であったそうで
す。散々就農のための準備をした挙句、待っていたのは運命のイタズラ。結婚を決めた人の実家が北広島で酪農を営む酪農家の長女! 当然、農業ではなく、酪農を継ぐことを願われます。一度は継ごうと思ったものの、「サイロがカラダに倒れてきた夢を見て(本当だよ!)」自分の夢を貫こうと決め、岩手で新規就農を果たしました。その後、奥様の実家が酪農を退くタイミングで畑を貸していただけるということで現在の場所に移り、北海道でのスタートとなり今に至ります。農場名は「夢を拓く」という思いでのタクム(拓夢)。響きが派米事業時代のタコマに似ていてそれを忘れないという意味も込めています。
野菜はかつて40 品目ほど作っていた時期もあったそうですが、省力化を経て現在はニンジンとほか数種。有機のニンジンは差が出るし、非常に甘く、自分も好きだからとのこと。「スリランカで食べた辛いカレーを食べたくて作るんだけど、うちのニンジン入れると甘くなっちゃうのよ!」道東へバトンが渡るまでの間、甘くエネルギッシュなニンジンをお楽しみください。破天荒な男が北海道に出てきて拓いた夢。境地を次々に切り拓いていく、夢の続きからまだまだ目が離せません。